大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(う)1147号 判決 1993年5月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人土谷明提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、被告人を懲役一七年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、本件において量刑上考慮すべき事項として原判決が「量刑の理由」の項で説示しているところは正当として維持することができ、原判決の量刑は結論的にも相当であって、それが重過ぎて不当であるとは考えられない。以下に若干補足して説明する。

本件は、被告人が、(一)平成四年三月二八日午後六時半過ぎころ、当時被告人方であった東京都北区(原判示の「豊島区」は、誤記と認める。)○○所在の××ビル三〇三号室の浴室において、かねてから性的関係をもっていたA女(昭和五三年六月生、当時中学校一年生)に対し、殺意をもって、果物ナイフで同女の心臓部付近をめがけて突き刺し、さらに同女の胸部、腹部頸部等を多数回にわたって突き刺した後、同女の心臓部に右果物ナイフの柄を掌で押し込むようにして数回突き刺すなどし、よって、そのころ同所において、同女を心臓刺創に基づく失血により死亡させて殺害した(原判示第一の事実)、(二)同年四月二五日午前六時前ころ、同区○○三丁目所在の都営○○三丁目アパート四号館八階階段踊り場において、女性の新聞配達員C女(当時一八歳)に対し、折りたたみ式ナイフを同女の胸元に示すなどして、同館屋上のエレベーターホールまで連行した上、さらに「新聞を敷け、いうことを聞かないと殺すぞ」などと申し向けて脅迫し、同女を強姦しようとしたが、同女が抵抗したためその目的を遂げなかった(同第二の事実)、(三)同日午前七時二〇分ころ、同都板橋区○○一丁目所在の東京都住宅供給公社○○町第二住宅七階北側エレベーターホールにおいて、エレベーター待ちをしていた女子高校生D女(当時一六歳)に対し、前記折りたたみ式ナイフを示して、同女を屋上エレベーターホールへ連行した上、「金は持っているか」などと申し向け、同女に危害を加えかねない気勢を示して脅迫し、同女から金員を喝取しようとしたが、同女の所持金が少なかったためその目的を遂げなかった(同第三の事実)、(四)右(三)の犯行の直後に右屋上エレベーターホールにおいて、右D女が畏怖しているのに乗じて、同女に乳房を露出させて、乳首を吸ったり手でもてあそぶなどの強制わいせつの行為をした(同第四の事実)、という事案である。

そして、まず原判示第一のA女を殺害した犯行についてみると、その犯行の態様は、中学一年生である被害者をむりやり狭い浴室内に連れ込み、さまざまなことを言い立てて難詰した上、隠し持っていた刃体の長さ約9.6センチメートルの果物ナイフで、いきなり同女の心臓部めがけて体当たりするようにして突き刺し、さらに悲鳴を上げて必死で抵抗し、あるいは「助けて」「ごめんなさい」などと懸命に哀願する同女の頭、胸、腹など身体枢要部等を五〇回以上も突き刺し、ついには狭い洗い場に体をくの字のように曲げて倒れた同女の心臓部に右果物ナイフの柄を掌で押し込むようにして数回突き刺すなどし、未だ一三歳の被害者の命を奪ってしまったという残忍なものである。惨たらしく刺され、一か月近くも浴室内に放置された同女の遺体の凄惨さは、誰しも目をそむけずにはいられないほどのものである。

原判示第一の犯行に至る経緯をみても、被告人は、平成元年四月ころからキャバレーで働く妻や長男及び次男とともに、そのキャバレーの寮である前記××ビル三〇三号室に住むようになったが、同ビルの隣室に実母と二人で住んでいたA女(当時小学校五年生)が次第に被告人方に出入りするようになり、実父と生別していたため同女から被告人を父のように慕う態度をみせられ、そのうちに年齢に比べて身体的に早熟であった同女に女性を意識させるような言動をとられたりし、平成三年二月ころ風邪で寝込んでいた同女を看病をしてやったこともあって、そのころから同女からキスをされたり、恋愛感情をほのめかすような手紙を貰ったりし、被告人においても自分の子供のように可愛いと思う気持ちとともに、自己の性的な欲望の対象としても意識するようになり、同年六月下旬ころ、中学校一年生になった被害者と肉体関係を持つに至り、その後はほとんど連日のように、夕方からキャバレーに働きに出かける被告人の妻の目を盗んで、被告人方で被害者と性的な関係を持ったり、ときには同女を連れて伊豆方面の温泉に出かけて遊んだりするようになった。しかし、次第に身体的にも精神的にも成長して来た被害者が、平成四年に入ったころから被告人以外のことにも関心を向けるようになって、被告人と会う約束を破ったりし、とくに同年二月末ころ同女が被告人に無断で給油所でアルバイトをするようになってからは、テニスの試合があるなどという嘘の言い訳をして、しばしば被告人との約束をすっぽかしたり、被告人との約束自体を渋るようになった。そのため、被告人は、被害者がアルバイトを始めたことは知ったものの、同女が他の若い男生と交際しているのではないかという疑いを抱いて嫉妬心を募らせ、被告人自身も同女の働く給油所近くの喫茶店でアルバイトを始めて、同女の行動を監視しようとしたり、喫茶店に呼び出して同女と話し合い、その気持ちを引き戻そうとしていたが、同年三月二七日、同女との間で二人ともアルバイトを休んで一緒に遊びに行くという約束をしてあったのに、同女にその約束をすっぽかされるに至り、同日夕方、同女を喫茶店に呼び出し、同女を叱ったりしたところ、同女から強く反発され、被告人に束縛されるのは嫌だ、被告人のところへ行っても同じことばかりで嫌だなどと言われるに至った。被告人は、強い衝撃を受けるとともに激しい感情の高ぶり、怒り、焦燥感などに襲われ、翌二八日、なおも同女の気持ちを自分に引き戻したいという思いで、同女のアルバイト先近くの駅で同女の帰りを待ち、一緒に電車で帰途についたものの、電車の中でも言い合いに終始しただけにとどまった。そして、以上のような経過から、被害者の心が自分から離れて、他の若い男性と交際しているのではないかとの嫉妬心に加え、もはや同女を自分のもとに引き止めることができないのかという無性な腹立たしさや苛立たしさが募り、ついに被害者を殺害するに至ったものである。

このように、被告人は、妻と二人の子供がある身であり、一家の生活の糧を全て妻に稼がせていながら、妻に不満を抱いていたこともあって、A女が被告人を父のように慕い、頻繁に被告人方に出入りしていたことをよいことにして、自分の三九歳という年齢や妻子を持つ身であることを省みず、いまだ自分の子供と同年代の、精神的にも未熟な被害者への影響やその将来を考えることもなく、同女を性愛の対象とのみ考え、自己の欲望のおもむくままに同女を自分の自由にしようとしたものであり、こうしたこと自体、社会的にも到底許容されないものといわなければならない。しかも、被告人は、成長期のさなかにある被害者がいつまでも被告人の思い通りになるものではなく、被告人の束縛から離れて行こうとするのも自然の成り行きであることを理解しようともせず、平成四年に入ったころから同女に自分から離れて行こうとする様子がみられるようになるや、かえって同女が他の男性と交際しているのではないかと疑って嫉妬し、自分との約束を破ったとして同女を非難、詰問し、そのため同女の反発を招くと、同女を自分の思いのままにできないということに対する無性な腹立たしさや苛立たしさなどから、原判示第一の犯行に及んだものである。すなわち、原判示第一の犯行は、被告人の極めて自己中心的な考えの所産であり、その動機において何ら酌むべき点はない。

これに対し、被告人の身勝手極まる考えから残忍な犯行に及ばれて命を奪われ、短い一生を終えざるをえなかったA女の苦しさ、無念さは察するに余りあるものがあり、そして女手一つで同女を育ててきた被害者の母親をはじめその遺族の悲しみも筆舌に尽くし難いものがあると思われる。

加えて、被告人は、原判示第一の犯行後、水浸しの浴室に被害者の遺体を放置したまま、妻や子供達を引き連れて逃走生活に入ったものであるが、その逃げ回っている途中に原判示第二の犯行ないし第四の各犯行を重ねているのである。原判示第二の犯行は、高層住宅の団地内で早朝に新聞を配達して回っていた被害者を強姦しようとしたもの、また、原判示第三及び第四の犯行も、同様に高層住宅の団地内で登校のため自宅から出てきたばかりの女子高校生から現金を脅し取ろうと図り、所持金が少なかったためその目的を果たせないと知るや、被害者に対し強制わいせつ行為に及んだというものであって、こうした各事案の内容や、いずれも刃体の長さ約7.4センチメートルの折りたたみ式ナイフという凶器を用い、高層住宅の屋上ないしその付近という人々の眼からは死角となった場所的状況を利用した犯行の態様などに照らし、右各犯行自体いずれも極めて悪質なものである。被告人が右各犯行に至った際の心情をみても、被告人において原判示第一の犯行を犯して逃亡中であるということから、やや自暴自棄の状態にあったことも窺われないでもないとはいえ、被告人にはA女を殺害したことに対する真摯な反省態度ないしは自責の念あるいは罪の意識などがあったとは到底考えられず、むしろ第二ないし第四の罪を犯すに当たっては、ただ、自分のそのときどきの欲望を一時的に充たすことで、そのような逃走生活を送らなければならなくなったことへの気を紛らわせようとしたものと認められる。右各犯行がいずれも若い女性である被害者らにとっては精神的に深い傷痕を残した悪質な犯行である上、右のような意味での被告人のこの種犯罪との結びつきの強さをみると、原判示第二ないし第四の各罪についても、被告人は厳しく責められるべきである。なお、被告人は、右各犯行のほか、長崎市で一二歳の少女を殺害するという殺人事件を起こしていることが窺われるが、同事件については本件と別個に審理裁判が行われているので、ここではこれ以上触れることはしない。

以上の諸点に加え、原判示第一の犯行の被害者の遺族らや、原判示第二ないし第四の各犯行の被害者らに対し、何ら慰謝の方法が取られていないこと、さらに被告人には少年時代から非行歴が多く、強姦未遂の非行により中等少年院送致の処分を受けたことがあり、また、昭和四九年三月に暴行、恐喝及び詐欺の罪により、懲役一年執行猶予四年保護観察付きに(後に執行猶予が取り消された。)、同年七月に窃盗、恐喝及び詐欺の罪により懲役一年に、昭和五一年五月に強盗致傷及び窃盗の罪により懲役四年に処せられ、いずれも実際に服役し、昭和六二年六月には毒物及び劇物取締法違反の罪により罰金刑に処せられた前科があることなどを合わせて考えると、被告人の刑事責任は極めて重いというほかはない。

そうすると、被告人は、現在では反省して素直に罪を認め、詳細な自白をしており、原審及び当審公判においても自ら極刑を望むという趣旨のことを述べるなど自責の念が顕著であることその他、所論指摘の被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人を検察官の求刑と同じく懲役一七年の刑に処した原判決の量刑はまことにやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は、理由がない。

よって、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本時夫 裁判官小田健司 裁判官虎井寧夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例